大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和30年(あ)1479号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人佐藤邦雄の上告趣意について。

所論は、刑法九六条ノ三にいう公の「入札」であるためには、入札を求める施行者の行為が契約の申込で、最低価格で入札する行為が契約の承諾となり、そこに当然契約が成立するごときものを指称するのである。本件のように、施行者が見積書の提出を求める行為が申込の誘引で、入札者が見積書を提出する行為が契約の申込であり、施行者は右見積書の提出によってなんら法律上の拘束を受けず、何人と契約を締結するか、或は何人とも契約を締結しないかの自由を有するごときばあいは、同条の「入札」に当らない。本件の請負契約方式は随意契約であって競争入札ではないから、本件被告人らの所為は同条の談合罪を構成しないものである、というにある。

職権をもって調査するに、原判示によれば、岩手県土木部においては本件当時、所管の土木工事の請負契約を締結するにあたり、会計法、予算決算及び会計令、旧道路工事執行令或いは地方自治法、同法施行令に基く岩手県規則等所定の一般競争入札若しくは指名競争入札又は随意契約の方式によることなく、岩手県土木部の内規によりいわゆる「価格申告制」或いは「見積による随意契約」なる契約方式が採られていたもので、本件道路工事の請負契約も右後者の方式によったものであること、その内容は原判決が詳細に説示するところであり、要するに前掲会計法規上の指名競争入札に類似するもので、異るところは、施行者において落札者を決定するに当り、競争入札に付した事項(価格その他)について入札者が入札施行者に最も有利な条件を申し出ることが契約締結の唯一の要素ではなく、重要な要素でありこれに他の条件をも参酌することができるとする点にある。しかして、刑法九六条ノ三にいう公の入札は、入札施行者たる国または地方公共団体において、自己に有利な契約内容を見出すため入札者をして自由競争をさせる契約締結の方法であって、契約の内容たるべき事項のうち競争に付する事項(価格その他)については、入札者が互に他の入札者の申し出る内容を知らないで自己の申出を行うことを要し且つ施行者において落札者を決定するに当っては、入札の結果入札施行者に最も有利な条件(価格のみが競争の対象であるときは最低価格)を申し出たことを契約締結の唯一の要素とする場合に限定すべきではなく、そのことを重要の要素としつつこれにその他の条件を加味して落札者を決定することができる場合も、前記競争入札の実質を保有するものであるから、同条にいう公の入札に当るものと解すべきである。けだし後者の場合にも施行者は自己に有利な条件で契約を締結する利点を有するものであり、又入札者は自己に契約を獲得するためにその条件につき入札者間において競争するを常とするからである。従って原判決が、本件当初の見積による随意契約の方式をもって、指名競争入札の実質を具備するものと判断したことは正当であって、これを所論のように単なる随意契約であると認めることはできない。

しかして、刑法九六条ノ三所定の談合罪は、公の競売又は入札において「公正ナル価格ヲ害シ又ハ不正ノ利益ヲ得ル目的」で競争者が互に通謀して或る特定の者をして契約者たらしめるため、他の者は一定の価格以下又は以上に入札しないことを協定することによって直ちに成立するのであり、それ以上その協定に従って行動されたことを必要とするものではない(昭和二八年(あ)第一一七一号、同年一二月一〇日第一小法廷決定、集七巻一二号二四一八頁参照)。されば、本件第一、二回の入札において入札価格が予定価格を超過したため不調となり、後に単なる随意契約に変更せられたことは、なんら本件犯罪の成否に影響を及ぼすものではない。論旨は採るをえない。

よって刑訴四一四条、三九六条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例